「18年で70億円の売上を380億円まで拡大したM&A戦略」(前田工繊株式会社)

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直近5年間、中小企業のM&Aが活性化しており、特に地域中堅企業において活発だ※1。背景には事業承継があり、買収先の大きな傾向として従業員20名以下の「小規模企業」が約7割、「同業種」が約8割、「競合他社」が約4割、「同一都道府県」が約4割となっている。このような中、事業承継ではなく事業成長を目的にM&Aを実行しているのが、福井県で100年続く老舗企業、前田工繊株式会社だ。M&A先を増収増益にし、企業再生とその地域に根付いた営業戦略により地域経済発展に寄与したとして、優れた経営戦略を表彰する「ポーター賞※2」を2016年に受賞したそのM&A戦略に迫る。

 ※1 2020年11月13日内閣官房 ※2 ポーター賞は、製品、プロセス、経営手腕においてイノベーションを起こし、これを土台として独自性がある戦略を実行し、その結果として業界において高い収益性を達成・維持している企業を表彰する取り組み。名前は、ハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授に由来。

繊維加工業から、土木資材のデパートへ

織物の産地として栄えていた福井県にて、創業時は繊維加工を生業にしていた。高度経済成長期には、新しい道路、鉄道など多くの構造物が全国的に作られる中で、1972年、繊維の技術を活かしたジオシンセティクス技術(土木分野向け繊維技術)で土木事業に参入。その後、土木事業で売上を拡大し、前田氏が入社した2002年には70億円の売上のうち9割が公共事業、とりわけ道路事業が大半を占めていた。同じ頃、当時の政権による公共事業の大幅な削減が始まっていたが、社内の危機感は薄かった。そのような中、前田氏は率先して新しい事業を模索し始めた。M&Aに積極的になったきっかけは、兵庫県の太田工業株式会社から「事業承継が難しい」と相談を受けて子会社化したことだ。福井県から離れた土地の企業ではあったが、同社の港湾・河川汚濁拡散防止用フェンス(写真1)が、自社の販路でよく売れたのだ。以降、2012年までに滋賀県の不織布製造企業(日本不織布株式会社)、北海道の緑化・植生製品を扱う企業(株式会社サングリーン)、福岡県のセメント・モルタルを扱う企業(マグネ株式会社)、など10社弱のM&Aを行い、「土木資材のデパート」と呼ばれるようになった。その中には、大企業である日本ゼオングループのゼオン環境資材株式会社のプラ擬木(写真2)の事業譲渡も含まれていた。「対大企業では高学歴人材も確保でき、M&Aの新たな可能性を感じました」と前田氏。M&Aの成功に伴い、2007年には東証二部へ上場し、2012年に東証一部指定替えとなったころには売上は200億円規模へと成長していた。

写真1:OKオイルフェンスの施工例
写真1:OKオイルフェンスの施工例
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写真2:プラ擬木を用いた転落防止柵

M&Aによる価値創造で雇用を生み出す

2013年には、さらなる転機となるM&Aを行った。それは、自動車レースのF1にも用いられてきたホイールブランド「BBS」を擁する企業(現:BBSジャパン株式会社)を経営破綻にともない子会社化したことだ。「狙いは、自動車業界のTier1(1次サプライヤー)になること。M&A前に工場などを見学したら、改善の余地が多々あり再生させられると思った」と言う。結果として、知名度の高い「BBSブランド(写真3)」を手に入れ、さらに自動車大手との強いパイプも獲得した。これを期に分野外の飛び地のM&Aはさらに加速した。2015年には、岩手県で防衛製品を手掛ける企業(株式会社オガワテクノ)を再生案件として子会社化(現:未来テクノ株式会社)。さらに、2016年には福島県の園芸用ハウス、農業資材を手掛ける企業(株式会社グリーンシステム、現:未来のアグリ株式会社)、2018年には北海道でフィッシュミール及び魚油の製造・販売を手掛ける企業(株式会社釧路ハイミール)など、農林水産業への多角化を実現してきた。前田工繊はこれら多くの経験の中で独自のM&Aのポリシーを確立してきた。その中心となるのが、M&Aの対象先は「モノづくりを行っている地方の企業」に限るということだ。地方の製造業の課題として、資金が乏しく技術力を高められない、売り先を拡げるノウハウや人的余裕がない、特定の製品に依存し受注に波がある、経営を安定させるための生産の平準化が難しいなどがある。一方、M&Aした後に「顧客」を混ぜれば売上増につながる。他にも、不足している「技術」や、需要に波がある「人材」、そして生産の平準化のために「製造工程」を混ぜれば、M&Aは自社の大きな成長につながるのだ。
株式上場後2008年の株価は最安値で76円だったが、2019年には最高値で2,911円と実に40倍となった(株式分割を考慮)。また驚くべきことに、これだけのM&Aを行いながらも、原則として雇用を維持しながら事業を進めてきた。現在では、M&Aした会社が増収増益となり、地方での雇用は大幅に拡大し、380億円の売上のうち200億円以上をM&Aした事業が占めている。このような経営実績を評価され、2016年には「ポーター賞」、2018年には「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員会特別賞を受賞した。
 

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写真3:プレミアムホイールブランド「BBS」

行動指針を徹底させる、「混ぜる」ありきの人材育成

全社で共有していることは、「真・善・美」の整った会社(組織)づくりだ。真とは会社の現在の姿を数字から知り、会社の状態がいいのか悪いのか全社員が理解すること。月次の業績を全社員が把握できるようにし、投資家向けIRと同様の決算説明会を社員向けにも始めた。また、善とは「道徳」で、不平不満のない職場を目指すこと。社員の多能工化や配置転換を積極的に行うことで、社内の空気を入れ替え、オープンな雰囲気を作る。美とは「清潔」を指し、工場・職場を徹底的にきれいにすることだ。BBSジャパンは、子会社化した当時、町の鉄工所のような雰囲気だったが、30億円をかけて工場を整備した。さらに福井の前田工繊の工場から社員を派遣し、工場管理を指導した。工場を清潔に保つことで、従業員の士気も高まり事業再生に大きく寄与した。

このように、標語だけ見ると一見どこにでもありそうだが、同社では日々当たり前のようにグループ内の技術連携、人材の交流、販路拡大へ向けた協力があり「混ぜる経営」への全社的な理解が浸透している。だからこそ、ただの標語にとどまらず、行動指針として浸透がなされているのだ。

次の100年へ向けてスタートアップ・アカデミア連携を加速

2018年には、投資育成事業を手掛ける前田工繊キャピタルを設立。また、地元の福井大学と提携して「前田工繊ジョイント・ラボ」を開設するなど、これまでの地域企業へのM&Aとは異なる戦略も打ち出す。スタートアップにとっては、東証一部上場企業との提携で信用力の強化になる。また、全国の営業網を使ってサービスや商品を紹介、営業できるというのもメリットだろう。「M&A先の地域企業に支援先のスタートアップの技術を導入することで、技術開発や新商品開発の大幅な加速ができるのではないかと期待しています」と前田氏。また、ジョイント・ラボでは、今後ますます加速・多様化する新規事業に関して、気軽に専門家に相談できる「開発部門の分室」という位置づけを担うという。勢いを増す前田工繊のM&A経営は、地域企業の成長戦略における新たな手法となるはずだ。

前田工繊のM&A戦略

顧客を混ぜて、売上増!
前述の通り、M&A戦略のきっかけは、2002年に港湾・河川汚濁拡散防止用フェンスの製造などを手掛ける兵庫県の太田工業の商品が、全国に拠点のある前田工繊の営業網を使って売れたことにある。このようにM&A先の商品を、グループ内の別の営業網で売る「顧客を混ぜる」という戦略が活きた事例が、今回のコロナ禍でもあった。M&Aした2社の技術を混ぜて開発した、避難所などで使用できる不織布製立体間仕切り「スプリトップルーム(写真4)」を前田工繊の土木の営業担当者が全国に販売し成功を収めた。「この営業力を支えるのが、地域のセールスエンジニアです。前田工繊では地方出身者の採用を積極的に行い、転勤は極力減らそうとしています。すると20~30年、同じ場所で営業している人間がおり、かつM&Aによって常に新しい商品が入るため、効率的な営業ができるのです。
写真4
写真4:不織布製立体間仕切りシステム「スプリトップルーム」
製造工程を混ぜて、生産や業務量を平準化!
「製造工程を混ぜる」とはどういうことだろうか。例えば、2002年に子会社化した太田工業のオイルフェンスは製造自体がシンプルな作業なので、仕事が少ない時期の福井県の本社工場や、岩手県の未来テクノ、海外子会社の前田工繊ベトナムでも生産をし、生産の平準化を実現している。同じように、2018年にM&Aを行った北海道の釧路ハイミールでは、フィッシュミール及び魚油の製造(写真5)を手掛けるため、イワシ漁の時期以外は仕事が減少する。そこで、道内グループ企業の未来のアグリが手掛ける軽作業(獣害対策製品、電気柵、放牧施設、緑化・植生製品、間伐材製品)を短期間の研修により手伝えるようにすることで、1年を通して作業の平準化を実現することができているのだ。
写真5
写真5:新鮮なイワシから魚粉や魚油を製造
技術を混ぜて、新商品開発!
「技術を混ぜる」は、ある顕在化した社会課題に対して、グループ内の技術を組み合わせて解決型商品をつくることだ。例えば、降水による斜面の浸食が全国的に問題になっている中では、滋賀県の不織布と北海道の緑化の技術をかけ合わせて、斜面の浸食を防止するシートを開発した。また、最近ではコロナ対策製品として、滋賀県の不織布技術と岩手県の自衛隊装備品などの縫製技術を混ぜて、医療用アイソレーションガウン(写真6)を開発し、各種メディアにも取り上げられた。
写真6
写真6:「アイソレーションガウン」

※本記事は、2020年度当局委託事業「中堅・中小企業とスタートアップの連携による価値創造チャレンジ事業」の一環として2020年12月10日に行われた「地域産業創出セミナー_番外編」の内容をもとに制作し、「創業応援vol.21(2021年3月、リバネス出版)の「知識製造業の新時代へ」コーナーに掲載された記事を転載しています。

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最終更新日:2021年5月11日