平成25年度地域産業振興講座(第11回)開催概要

 講演概要 宇都宮商工会議所 事務局長 金子 敏氏 

総務企画部企画課

 

日  時 平成26年2月26日(水) 16:10〜17:40
場  所 電気通信大学 創立80周年記念会館リサージュ3階
講  師 宇都宮商工会議所 事務局長 金子 敏 
演  題 「宇都宮餃子によるまちづくり」

 1. 宇都宮はどのように餃子でまちづくりを行ったか

宇都宮商工会議所事務局長 金子 敏氏
宇都宮商工会議所事務局長 金子 敏氏

(1)きっかけ
 餃子によるまちづくりは、平成2年12月に宇都宮市職員の自主的な研修における提案がきっかけである。あるグループが、総務省家計調査年報に1世帯あたりの餃子の年間購入額が昭和62年に追加されてから、宇都宮市が毎年全国1位であることに着目し、餃子によるまちづくりを提案した。
 この提案を受け、平成3年に宇都宮市の観光協会(現・宇都宮観光コンベンション協会)が「餃子マップ」を作成した。宇都宮市内に点在する餃子店を紹介するマップであった。
 また、当時の宇都宮市観光課職員が、餃子店を一軒一軒訪問し、餃子店を組織化しようと説得した。その結果、平成5年7月に宇都宮餃子会が発足した。

(2)ブランド構築に向けて
 宇都宮の餃子をブランド化するにあたり、はじめに火が付いたのは、平成5年に関東圏のテレビ番組に取り上げられ、7回放映されたことである。この番組は有名タレントが出演する番組であり、ここで宇都宮の餃子に関する取り組みが紹介された。関東圏での放映であったため、全国までは及ばないが、宇都宮の餃子が広く知られるきっかけとなった。
 番組終了後には、この有名タレントが食事中に描いた餃子の皮をまとったビーナス像を、地元産の大谷石で彫刻し、「餃子の像」としてJR宇都宮駅東口に設置した。なお、「餃子の像」は現在同駅西口にあるが、平成20年10月東口から西口に移設する際に、真っ二つに割れるハプニングがあり、奇しくもテレビ等のメディアに取り上げられた。
 第2のステップとしては、平成10〜11年に行った「提案公募型地域活性化事業」である。宇都宮商工会議所として空き店舗を利用し餃子街を運営しようと考えた。それは、当時の宇都宮の3つの課題を解決するための取り組みであった。1つ目の課題は、餃子店が地域に点在していて、観光客がどこに行ってよいか分からない点。2つ目は、中心市街地が空洞化していたため、何か活性化の一助を担えればという点。3つ目は、宇都宮に行っても目立った観光拠点がないので観光施設を作ろうという点である。
 この補助事業を活用し、宇都宮商工会議所が自ら中心市街地の飲食店跡地を借り、複数の餃子店から餃子を仕入れて運営する餃子レストラン、「おいしい餃子とふるさと情報館“来らっせ”」を開店した。
 来らっせでは、マスコミに対するPRに注力した。同じ情報ではマスコミは動かないので、毎月話題作りを行った。当初から餃子によるまちづくりを観光事業として考えており、県外から宇都宮へ来ていただく事が主旨であった。そのため、その都度資料を作って、全国ネットのマスコミへ持ち込んで行った。一つ取り上げてもらえると、他の全国メディアでも取り上げてもらえた。結果として平成10年には48回、平成11年には88回マスコミに取り上げられた。
 来らっせの運営は、軌道に乗り、収益も上がっていたため、補助事業終了後も営業を続けられるよう考えた。平成13年1月にそれまで任意団体であった宇都宮餃子会が協同組合へ法人化したことを契機に、同2月に永久無償貸与の形で来らっせの運営、ブランド等を全面的に宇都宮餃子会へ移管した。宇都宮餃子会(来らっせ含む)の発足当初年間の収入は70万円程度であったが、現在は約3億円を計上するに至っている。これは、協同組合としての額であり、個々の餃子店についてもかなりの売上増加になったと聞いている。
 また、宇都宮商工会議所ではこの補助事業期間内に、餃子祭りの開催を宇都宮観光コンベンション協会とともに提案した。宇都宮餃子会で平成11年に最初の餃子祭りを行い、2万人の集客があった。餃子祭りは現在まで続いており、平成25年11月の開催では、14万2千人の集客があった。来客のほとんどが県外客であると考えられ、餃子を食べるために宇都宮へ来ていただけるようになった。

 


【「餃子のビーナス」を彫った宇都宮餃子像】 【現在の「来らっせ」】
【「餃子のビーナス」を彫った宇都宮餃子像】 【現在の「来らっせ」】


(3)ブランドの保護と発展
 ビジネスとして軌道に乗ってくると、商標の真似をされる懸念が出てきた。そのため、平成13年に「宇都宮餃子会」を、平成14年に「宇都宮餃子」の商標登録を行った。現在、宇都宮餃子の商標を使うには、宇都宮餃子会に加入することが必要である。このため、宇都宮餃子会が発足した平成5年当初、加盟店は38店舗であったが、現在は約80店舗が加盟しており、組織の拡大につながっている。
 また、宇都宮餃子会の推薦や推奨という形で、大手食品メーカー等に商標の使用を認めた。これにより、宇都宮餃子会として収入が増え、宇都宮餃子のブランド力も高まった。

2.各機関の役割と事業成果

 (1)官民の役割と機能
 官民の役割がうまく機能し、地域ブランドの発展として理想的な動きができたと思う。
 まず、宇都宮市は職員の研修会から餃子によるまちづくりのシーズを発見した。そして、組織化の方向性について餃子店を一軒一軒訪問して説得し、任意団体ではあるが餃子会の発足に貢献した。
 次に、宇都宮観光コンベンション協会は行政の観光的な部分を担い、同時に宇都宮餃子会と他の機関の橋渡しの点で活躍した。当初は、餃子店のマップ作りに携わり、宇都宮商工会議所が補助事業を実施した際には、餃子店と宇都宮商工会議所の橋渡しで大きな役割を果たした。
 また、栃木県中小企業団体中央会は宇都宮餃子会を法人化する際、申請手続等でサポートした。このサポートで餃子会を協同組合化できたため、来らっせの運営移管や餃子の商標登録につなげることができた。
 宇都宮商工会議所は、国と県の補助金を活用し、観光事業として空き店舗で来らっせを運営。地域が儲かる仕組みを作り出した。餃子店は、生の餃子を納品するのみで現金化できることに気づき、本気になってきた。共同事業を行う皆が儲かる仕組み作りができた。
 行政による活動、民間による活動、その間に職域を超えた熱意があった。

(2)新たなビジネスの発展例
 ブランド化が成功した事業成果として、お土産市場がある。
  その一つとして、冷凍餃子がお土産として認知された。お店で食べる餃子は1,2人前であっても、お土産で送るとなると5人前、10人前となり、売上の増加につながる。宇都宮餃子会でも現在35店舗ほどが参加し、ホームページで通信販売サイトを運営している。餃子店にとっては、宅配便の紙とボールペンで商売ができるため、売上の半分以上がお土産品というお店もある。
 カップ餃子の例もある。地元企業との共同開発で、新商品を開発し、地域ブランドである「ねぎ」と「にら」を掛け合わせた「ねぎにら」を入れたカップ餃子を作った。宇都宮商工会議所では、小ロットによる生産であるため、当初は高い価格がハードルとなっていた。しかし、3個セットにしてお土産売り場で販売したら、売れるようになった。お土産品としては手軽で、色々な方に配れると好評であった。
 お土産市場以外にも、大手メーカーや他地域の企業から提案を受けることがあった。他地域のブランド品とのコラボレーションにより、話題性から大きな注文が入ってくる事もあった。来らっせにおいても、大手メーカーから調味料の売り込みがあり、3カ月間無料で調味料をご提供いただき、お土産品として陳列するとよく売れた。


 最後に、まちづくりや地域活性化は担当者の熱意や人間力である。相手にやる気がなくても、提案を持って行き、しょうが無いと思ってもらえるくらいまで、しつこくやる気を見せれば、乗ってくると思う。
 宇都宮の事例であるが、たかが餃子であるがされど餃子である。最初は宇都宮全体でまちおこしできるほどの売上に成長するとは、大方が思っていなかった。実際には、宇都宮餃子のブランド化に約10年かかった。そこから安定期に入るまでさらに10年かかった。ここ数年、1世帯あたりの餃子の年間購入額が他市に抜かれたことや、シンボルの餃子像が割れたこともうまく活用し、負の部分も含めて全てが活性化の種になっていると考えられる。平成26年1月には、1世帯あたりの餃子の年間購入額で全国一位を奪還し、地方紙の号外が出るほどの注目度であった。
 どの地域でも、日本一は必ず何かあると思うし、行政や商工会議所、観光協会などの組織も必ずある。宇都宮の場合、たまたま家庭で食べている餃子が日本一であった。これを活用して、各々がそれぞれの立場でまちおこしを行った。私は、どの地域でもこのような地域活性化ができると考えている。

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